5-columns
本当に「トマトこわい」になった夏――週末開墾と、爆発する生命力
2026年10月28日
本当に「トマトこわい」になった夏――週末開墾と、爆発する生命力
亡き父から相続した土地を開墾し、二年ほど前から家庭菜園をはじめた。 土地が山梨県にあるため、作業ができるのは土日祝日に限られる。したがって、頻繁な水やりを必要とする繊細な野菜の栽培はできない。どんな野菜がこの環境に適しているのか、試行錯誤を繰り返しながら手探りで探しているところだ。連作障害を避けるため、同じ場所に同じ科(ナス科、ウリ科、マメ科など)を続けて植えることもできない。
今年、新たに開墾したエリアでトマトを育てることにした。 昨年、別の場所で育てたナスとスイカがほとんど期待通りの収穫を得られなかったため、万全を期して二種類のミニトマトを二株ずつ、計四株も植えてしまったのだ。
四月中旬に植え付けた当初、苗は高さ十センチほどで茎も弱々しく、強風で折れてしまわないよう支柱を立てて補強していたほどだった。ところが、その後すくすくと成長した苗はあっという間に一メートルの高さを超え、驚くほど多くの白い花を咲かせた。
あまりの咲きぶりに最初は圧倒されていたのだが、六月後半を迎える頃には、だんだんと「恐れ」すら抱くようになってきた。
花はやがて散り、青い実が鈴なりにつき始める。その重みに耐えかねて枝が垂れてきたため、補強の支柱を追加した。幹はどんどん太くなり、葉が鬱蒼と繁茂して太陽の光を遮るようになったため、必死で葉かき(摘葉)に追われた。青かった実は気温の上昇とともに一ヶ月ほどで真っ赤に熟し、食べ頃を迎えた。
最初は「自分で育てた野菜を収穫する」という純粋な喜びに満たされていた。しかしその後――不謹慎ながら、それは完全な「重荷」へと変わっていったのだ。
七月中旬になると、現地は気温三五度を超える猛暑日となった。農作業は一五分続けるのが限界で、一度日陰で休憩しては再開するものの、一日合計五〇分の作業が精一杯。夏の畑は収穫だけでなく、雑草取りや追肥、他の野菜の手入れも山積みだ。しかし、週末しか訪れることができない私にはすべてをこなす余裕などなく、七月から八月にかけての作業時間は、ほぼトマトの収穫だけで潰れることになった。
収穫がピークを迎えた日には、一〇〇均で買った中サイズのフードパックでなんと二五パック分もの量が採れた。
しかも愚かなことに、私は春先「ミニトマトが全滅したらどうしよう」と心配になり、スーパーで買った大玉トマトの種を自宅で育苗して四株追加で植え付けていたのだ。こちらは八月、ミニトマトの収穫が落ち着きかけた絶妙なタイミングで、再び大量収穫の第二波として襲いかかってきた。
雑草取りを放置したツケは八月後半になって顕著に現れ、九月の長雨も重なって畑は手をつけることができないほどのジャングルと化した。雨の中、必死で草むしりを試みたものの、深く根を張った雑草には歯が立たず、電動芝刈り機まで総動員しての除草作業は難儀を極めた。
さて、この山のように採れた大量のトマトをどうしたか。 私は農家ではないので、JAに出荷することはできない。結局、姉たちや甥、姪に配って無理やり食べてもらうしかなかった。七月と八月の我が家の食卓には、朝昼晩と必ず自家製トマトが並び続けた。
余談だが、私が援農ボランティアでお手伝いしている東京の農家さんの中に、最近就農した若い農家さんが二人いる。奇しくも、お二人ともトマトのビニールハウス栽培を手がけていた。
話を伺うと、ハウストマトは初期の設備投資こそかかるものの、天候に左右されにくく収穫や経営が安定しやすいという判断からだそうだ。もちろん、このご時勢に新規就農するのは生半可なことではなく、「安定するなら自分も」と安易にトマト農家を目指すのは早計だろう。
需要と供給のバランス、そして品質のランク――一玉数百円する最高級品から、スーパーの仕入れから漏れて路地の格安八百屋に並ぶものまで、トマトの世界も実に奥が深い。それでも、土に触れ、トマトという種の底知れぬ生命力を身をもって体感できたことは、今年の最大の「収穫」だったと言えるかもしれない。
本当は好きなものを「怖い」と偽ってせしめ取る、江戸落語の代表的な演目に『まんじゅうこわい』という滑稽噺がある。 だが、今年の七月から八月にかけての私だけは、嘘偽りなく、心から「トマトこわい」であった。