ここは、知る人ぞ知る超有名店である。しかし、なぜこれほどまでの山奥に人が押し寄せるのか――その理由について、私なりの視点で綴ってみたい。

「釜めしなかい」。東京都内にありながら、お世辞にもアクセスが良いとは言えない場所にある。 JR青梅線の川井駅から清東橋行きの路線バスが出ているが、本数は1日に数本程度で、開店時間に合わせて利用するのはなかなか難しい。川井駅から徒歩という手もあるが、急勾配の林道を40分歩くのは、足腰に自信のない人には少々厳しい道のりだろう。

私の場合、いつも奥多摩駅近くのトレックリング(レンタサイクル)で自転車を借りることにしている。朝9時過ぎに奥多摩を出発し、青梅街道のゆるやかな下り坂を風を切って走るのは、実に爽快だ。途中、橋の上をのんびりと走り抜ける青梅線の電車を眺める時間の、なんと長閑(のどか)なことだろう。

ロードバイク愛好家の間では既に定番となっているコースだが、一般的な観光客も電動アシスト自転車を借りて、奥多摩から御岳、青梅へと続く自然を満喫し、この地域に心地よい経済の循環をもたらしてくれたらと願っている。機会があれば、この「青梅街道ポタリング」についても別の記事で詳しく書いてみたいテーマである。

さて、これほどアクセスが不便な場所に、なぜこれほど大勢の人が押しかけるのだろうか。理由は大きく分けて二つあると考えている。

ひとつは、純粋に「圧倒的に美味しい」ということだ。都心部でもこれほどのクオリティの釜めしには滅多に出会えない。食材へのこだわりはもちろんのこと、あらかじめ作ったものを温め直すような真似は一切せず、注文を受けてから一釜ずつ丁寧に炊き上げているからにほかならない。

そしてもうひとつは、抜群のロケーションである。奥多摩の食事処の魅力は、豊かな自然の息吹を肌で感じながら食事ができる点にある。東京とは思えないほどの静けさと緑の風景がそこにあり、それが料理の味わいを何倍にも深めてくれるのだ。気になった方は、ぜひ動画サイトなどでその佇まいを検索し、あわせて映像でも確かめてみてほしい。

もしこの記事を読んで、紅葉シーズンの土日祝日に訪れようと考えているなら、相応の覚悟が必要だ。昼近くにお店に到着しようものなら、3〜4時間待つこともざらにあるからだ。

都心の人気店のように、効率や客席の回転率ばかりを追求しているわけではない。オーダー端末の導入など現場の努力はなされているものの、注文を受けてから生米から炊き上げる釜めしという性質上、料理が届くまでにはどうしても絶対的な時間が必要となる。

最近は世の中のあらゆる場面で「コスパ(対費用効果)」や「タイパ(対時間効果)」という言葉がもてはやされている。しかし、せめて休日くらいはそうした効率主義を一旦忘れ、奥多摩の豊かな自然に身を置きながら、一鍋の釜めしが炊き上がるのをのんびりと待つ――そんな上質な時間を過ごしてみても良いのではないだろうか。

効率と速度に追われる現代において、その「余白の時間」の中にこそ、豊かな生き方への何らかの気づきが眠っている気がしてならない。