山小屋主人のアフターにつき合わされた夜――甲武信小屋のビデオ上映会

あなたは山小屋に宿泊したことがあるだろうか。 相部屋で見知らぬ者同士、肩を寄せ合い、毛布にくるまりながら雑魚寝に近い形で眠る。就寝時間を少し過ぎれば大いびきが聞こえてくる始末で、人によってはとても熟睡などできないかもしれない。

しかも、山小屋の宿泊客の多くは「ご来光」を見るために暗いうちから出発する。まあ、最近の山小屋には個室を備えているところも多いので、埃やにおい、いびきが耐えられない人はそちらを利用するのが賢明だろう。

こうして話を聞くだけだと「大変な場所」と思われるかもしれない。しかし、決して居心地が良いとは言えない場所だからこそ、忘れ得ぬ記憶として心に残ることもあるのだ。

今回は、そんな山小屋で体験した忘れられないエピソードをお伝えしたい。

あれは、かれこれ20年ほど昔のことだったろうか。 その日、私は友人と二人で、西沢渓谷から甲武信ヶ岳を目指していた。壁のような急登につぐ急登に息を切らし、20分歩いては休憩を入れることを何度も繰り返しながら高度を上げていく。信州(川上村)側からのルートと比べて距離はずっと短い滑だが、こちらは一歩進むごとに体力をゴリゴリと削られていく感覚があった。

「まだか、まだか」と気が遠くなりかけた頃、ようやく今宵の宿である甲武信小屋に辿り着いた。あたりはすっかり日が落ちかけていた。

受付を済ませると、まずは2階へ上がり早々に自分の寝場所を確保した。まずは寝床を決めて安心したかったのだ。疲れ果てて今すぐにでも横になりたいところだったが、お腹は異常に空いており、夕食だけはどうしても食べたかった。

山小屋のスタッフが宿泊客の空腹を察して厨房で急いで準備してくれているのは分かるが、待ち遠しくてたまらない。そうこうしているうちに、1階から「夕食の準備ができました!」という嬉しい声がかかった。宿泊客が一斉に足早に階段を下りていく。

大部屋に全員が集合すると、主人が皆の見える場所に立っていた。山小屋では大抵、食事の前に主人からの挨拶があるのだ。甲武信ヶ岳や小屋の歴史、明日の天気や登山道の状況など、登山者が安全かつ楽しく下山できるような話をしてくれる。

ここまでは、いつもの山小屋の風景だった。しかしこの日は、ちょっとした「オマケ」が付いていたのである。

「食後、ここで甲武信ヶ岳のビデオ上映会をやるから、関心のある方は見ていってください」

主人の好意だったのだが、登山客は皆、急登で疲労困憊していた。食事を終えると、ほとんどの客が逃げるように2階へ上がり、早々に毛布にくるまって寝てしまった。

しばらくすると、下から主人の声がかかる。 「ビデオやるから、下に下りてきてくださーい!」

だが、疲れ切った客たちは誰一人として下りていかない。 何度か下から声が響いたが、ついに痺れを切らした主人が階段を上がってきた。

「おい、ビデオやるぞ! ビデオ!」

そう言って、2階の大部屋で手をパンパンと叩き始めたのだ。 それでも客たちが動かないと見るや、少し切れ気味に声のトーンを上げ、手にいっぱいの力を込めて「パン! パン!」と大きな音を響かせた。

「ビデオやるぞ!! ビデオ!!」

その迫力に観念した客たちは、重い体を起こしてゾロゾロと1階へ集まっていった。

大部屋に人数が集まったのを確認すると、主人は一転してニッコリと満面の笑みを浮かべた。そして当時最新式だった豪華なプラズマテレビを見つめながら、熱っぽく甲武信ヶ岳について語り始めたのだ。

確かに最高級品のテレビだけに、映像は美しく迫力満点だった。 ビデオ上映が終わった後、元気な一部の客は1階に残り、主人と楽しそうに乾杯を交わしていたようだ。一方、限界を迎えていた私と友人は、上映終了とともに一目散に寝床へ戻り、泥のように眠りについた。

翌朝、まだあたりが真っ暗なうちに山小屋を後にした私たちは、山頂で見事なご来光を拝むことができた。あの強引で温かい主人の顔を、今でも時々思い出す