事故を防ぐのは、作業を始める前のひと手間――見えない安全対策の話

私は交換機エンジニアとして働き始めた頃、ソフトウェアの開発よりも、通信設備を組み立て、設定し、使える状態にする「構築」の仕事に携わることが多かった。

そのため、工事を担当する人たちと一緒に仕事をする機会も多かったのである。

当時の工事現場は、上下関係が厳しく、いわゆる体育会系の雰囲気が色濃く残っていた。

先輩社員の言葉は絶対。とりわけ、リーダークラスの社員は存在感が抜群で、入社して三年目になるまで、私はその人たちと気軽に話すことさえできなかった。

されど、厳しい上下関係がある一方で、工事グループには独自の仲間意識もあった。後輩の面倒見はよく、仕事を教えるときには、きちんと教えてくれる。

そして、そのグループには、独自の決まりや作法がいくつもあった。

当時の私は、そうした作法を、昔ながらの職場の習慣として受け止めていた。

しかし、後になって分かったことがある。

それらの多くは、単なるしきたりではなかった。作業する人たちの安全を守り、事故を防ぐための仕組みでもあったのである。

その一つが、グループ内で「〇〇会」と呼ばれていた、作業前の打ち合わせだった。

作業場所に入る数日前、前日、そして作業開始の直前と、何度も輪になって話し合う。

何をするのか。どこに注意しなければならないのか。誰が何を担当するのか。

作業に関わる人たちが、あらかじめ内容を確認し、認識をそろえておくのである。

なぜ、そこまで念入りに確認する必要があったのか。

例えば、電話交換機などの通信設備では、直流電源を扱うことがある。

電源のプラスとマイナスを取り違えれば、機器の故障や短絡などにつながるおそれがある。作業の内容によっては、設備全体に影響が及ぶこともある。

しかも、現場では複数の作業員が関わる。自分だけが正しく理解していても、ほかの人との認識が食い違っていれば、事故を防げるとは限らない。

だからこそ、作業を始める前に時間をかけて話し合い、全員が同じ理解を持つことが大切だった。

そうして、ようやくリーダーの号令の下、作業が始まる。

あれから三十有余年の年月が流れた。

私は電話交換機の仕事から仮想基盤のエンジニアへと転身し、開発にも構築にも携わるようになった。

扱う技術は大きく変わった。かつての交換機と、現在の仮想基盤では、機器も仕組みも異なる。

しかし、変わらないものもある。

それが、KYと指差し呼称である。

KYとは「危険予知」のことだ。

難しい言葉に聞こえるが、考え方は単純である。

作業を始める前に、「どんな危険がありそうか」「どうすれば事故を防げるか」を、あらかじめ考えておくことだ。

例えば、機器の設定を変更するなら、間違った設定を入れた場合に何が起こるのか。電源を扱うなら、接続や取り外しの手順に誤りがないか。作業する人たちが、そうした危険を事前に洗い出しておく。

そして、もう一つが指差し呼称である。

これは、確認したい対象を指で差し、その名前や状態を声に出して確かめる方法だ。

例えば、確認すべき表示を指差し、「電源、正常よし!」と声に出す。

目で見るだけでなく、指を動かし、言葉にして、自分の耳でも確認する。

普段なら、頭の中だけで済ませてしまいそうな確認を、わざわざ動作にして行うのである。

少々大げさに見えるかもしれない。

しかし、人間は慣れた作業ほど、思い込みや見落としを起こすことがある。「いつもどおりだから大丈夫」と思ったときこそ、確認が必要なのだ。

私は今でも、こうした確認を仕事の基本として守っている。

それは私個人の習慣にとどまらない。インフラ基盤を扱う現場では、作業に潜む危険を事前に考え、手順や状態を確認することが、安全な作業を支える基本になっている。

こうした対策は、目に見える成果が分かりにくい。

新しい機器を導入したわけでも、システムの性能が上がったわけでもない。作業の前に話し合い、指を差し、声を出して確認したからといって、何かが便利になるわけでもない。

けれども、事故が起きなければ、作業は予定どおりに進み、システムは無事に稼働する。

その当たり前の日常の陰に、こうした地道な安全確認がある。

若い頃の私は、現場の厳しい上下関係や独特の作法に、少なからず戸惑っていた。

しかし、長年この仕事を続けてきた今、あの頃に繰り返していた確認の意味が分かる。

安全は、事故が起きたときだけ考えればよいものではない。

事故が起きる前に危険を考え、作業する人たちが認識をそろえ、一つひとつの確認を怠らない。

その積み重ねが、事故を防ぐことにつながっていく。

何も起きなかったから、何もしていなかったのではない。何も起きないように、あらかじめ手を打っていたのである。

今日もまた、見えないところで安全を支える人たちがいる。

そして私も、技術が変わった今なお、あの頃に身につけた基本を守り続けている。