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犯人は誰だ――攻撃を受けた夜、通信事業者の現場で
2026年10月25日
犯人は誰だ――攻撃を受けた夜、通信事業者の現場で
もう、かなり昔のことである。都内某所にある、ある通信事業者での話だ。
その会社は、法人向けに高品質のブロードバンド回線を提供していた。サービスは24時間365日体制。夜間でも事務所に人を常駐させ、故障や顧客からの申告があれば、速やかに対応することを営業方針としていた。
当時の私の仕事は、主に次の三つであった。
・通信回線の監視と、故障時の修理対応
監視装置から警告音が鳴ると、顧客専用の連絡先に電話をかけ、現地で作業をしているかどうかを確認する。
作業中でなければ、通信障害の可能性がある。そこで保守員を現地に派遣するよう依頼し、復旧するまで電話で作業の指示や状況確認を行う。
・回線の追加・削除作業
新規契約による回線の追加や、解約に伴う削除などを、事務所からパソコンを使って遠隔で設定変更する。
・夜間の顧客からの問い合わせ対応
夜間でも、顧客から電話で問い合わせを受けることがある。すぐに回答できる内容ならその場で答え、急ぎでなければ、翌日の日中に改めて対応していただく。
こうした業務は、基本的にマニュアルに沿って進める。
マニュアルだけでは対処できない事象が発生した場合は、時間帯にかかわらず責任者の携帯電話に連絡し、判断を仰ぐことになっていた。
普段は定型業務が中心である。障害などが発生しなければ、持ち込んだ本を読んだり、個人的にインターネットを閲覧したりしていても、特に注意されることはなかった。
朝になり、日勤の担当者が出社すれば、引き継ぎをして帰る。
以前の記事「365日24時間の輪番」でも触れたが、普段は実に平和で、どこか牧歌的な業務だったのである。
こちらは、365日24時間の輪番を合わせて参考にしてほしい。
その夜も、私はいつものように監視業務をこなし、朝の引き継ぎ時間を待っていた。
ところが、午前2時ごろだっただろうか。
突然、監視装置に併設された警告音が、けたたましく鳴り響いた。
管理装置の大画面には、上段に監視対象の装置を表すアイコン、下段にエラー内容を示すメッセージが表示される。
通常の顧客側の故障であれば、障害を示すアイコンは一か所だけである。
しかし、このときは違った。
複数のアイコンが一斉に障害を示し、その数が次々に増えていく。
一つの回線の故障ではない。しかも、夜間シフトのメンバーだけで対処できる規模でもなさそうだ。
私は責任者の携帯電話に連絡した。
責任者たちが事務所に到着するまでの間、発生している事象を箇条書きにして整理する。サービスに影響が出ている場合は、顧客や関係部署への連絡も必要になる。
静かだった夜勤は、たちまち慌ただしいものになった。
もっとも、当時の私は一監視員であり、攻撃の原因を自分で解析していたわけではない。
その後、関係者から聞いた話を私なりに整理すると、事態はおおむね次のようなものだった。
・ある教育機関Aから、企業Bのシステムに対して大量のデータが一方的に送りつけられている。
・その影響で企業Bのシステムにアクセスしづらい状態が続き、業務に支障が出ている可能性がある。
・通信事業者と企業Bとの間には、SLA(サービス品質保証)に関する取り決めがある。回線の品質や利用可能性に問題が生じれば、契約上の責任だけでなく、会社の信用にもかかわる。
・ところが、攻撃元に見える教育機関Aは、全国的にも知られた権威ある組織である。そこが、わざわざ民間企業に攻撃を仕掛けているとは考えにくい。
では、何が起きていたのか。
当時、私が関係者の話から理解したのは、教育機関Aそのものが攻撃者なのではなく、何者かがAになりすまし、企業Bに対して攻撃を仕掛けているらしいということだった。
つまり、攻撃を受けている企業Bだけでなく、攻撃元に見えている教育機関Aも、被害を受けている側かもしれないのである。
通信事業者側では、特別な通信制御の設定を行うことで、問題となっている通信を遮断できたという。
ひとまず、技術的な対処はできた。
しかし、そこで終わりではない。
企業Bに対して、何を、どこまで、どのように報告したのだろうか。
当時、一監視員にすぎなかった私には、その後の詳しいやり取りを知る立場にはなかった。
それでも、今になって思い返すと、気になることがある。
あのとき、攻撃の全体像はどこまで分かっていたのだろうか。本当の攻撃者は誰だったのか。そして、攻撃元に見えた教育機関Aでは、何が起きていたのだろうか。
当時の攻撃手法は、現在と比べれば、まだ単純なものだったのかもしれない。
しかし、攻撃者が身元を隠したり、別の組織が攻撃しているように見せかけたりする問題は、今もなくなったわけではない。大量の通信によってサービスに支障を与える攻撃に対しては、通信事業者による通信制御や、専用の対策機器・サービスなど、複数の手段が用いられている。されど、どんな対策を講じても、すべての攻撃を防げるわけではない。
もし、あの当時、現在のようなセキュリティ対策の仕組みが整っていたら、被害を防げたのだろうか。
あるいは、攻撃を早く検知し、影響を小さくすることはできたのだろうか。
今となっては、確かな答えはない。
ただ、あの夜のことは覚えている。
いつものように朝を待っていた事務所で、突然、警告音が鳴り響いたこと。そして、画面に現れた障害表示が、次々と増えていったこと。
普段は牧歌的な夜勤であっても、ひとたび異常が起きれば、そこは企業のサービスと信用を守る最前線になる。
そして、画面に表示された通信の向こう側には、何者かの意図が隠れていることもある。
犯人は誰だ。
その問いに、当時の私は答えられなかった。
そして今も、インターネットの向こう側で起きていることのすべてを、私たちが知ることはできないのである。 それは、音が生成される時代である。
この話については、次の機会に譲りたいと思う。