交換機エンジニアが一人前になるまで、なぜ長い時間がかかるのか。また、交換機のサービスを開始するまでに、なぜ多くの工程を必要としたのか。

この点については、以前の記事

[続・石の上にも三年は未だ健在か?――なぜ交換機エンジニアには一人前になるまで時間がかかったのか] (https://note.com/sheep_monologue/n/n28f0927435d5)で触れた。

今回は、私が交換機から、社内などに機器を設置するオンプレミス環境のネットワーク、そして仮想化基盤システムへと携わるなかで、気がついたことをお伝えしたい。

昔の交換機は、動かすまでが大仕事だった

電話の交換機を稼働させ、サービスを開始するまでには、今の感覚からすると気の遠くなるような工程があった。

大まかに説明すると、次のようになる。

  1. 大型の機器を設置し、機器同士をつなぐケーブルを配線する。
  2. 交換機を動かすための基本ソフトや、必要なプログラムを機器に組み込む。
  3. それぞれのプログラムが連携して動くよう、必要な設定や指示を行う。
  4. 顧客の要望に合わせて、電話番号や回線などの情報を登録する。
  5. 現地で試験を行い、正常に動作することを確認する。

こうして並べてみると、「今のオンプレミス環境でも、似たようなことをしているではないか」と思われるかもしれない。

確かに、機器を設置し、設定を行い、試験をするという大きな流れは、今も変わらない。

しかし、昔の交換機では、今ならメーカー側であらかじめ組み込まれているようなソフトウェアや機能についても、現場で組み込んだり、動作に必要な設定を行ったりする作業があった。

そして、その作業は、今のように画面上のボタンをクリックすれば済むものばかりではなかった。

キーボードで一文字ずつ、指示や設定を入力していく。入力を間違えれば、期待した動作にならず、どこが間違っていたのかを調べて、修正しなければならない。

作業をやり直すにも、相応の時間がかかった。

そもそも、交換機で使うソフトウェアも、店頭で購入してきてインストールするようなものではなかった。顧客の要望に合わせて、メーカーが長い時間をかけて開発するものだったのである。

機器を設置すれば、それで終わりではない。機器を動かすためのソフトウェアを整え、必要な情報を登録し、すべてが正しく連携することを確かめて、ようやくサービスを開始できる。

当時は、今よりも技術者が手を動かして進める作業が多かったのだ。

昔の苦労話をしたいわけではない

ここまで読んで、「そんな昔話をして何になるのか。昔の技術者は我慢強かったと言いたいのか。今の若者は忍耐が足りない、とでも言いたいのか」と思われる方もいるかもしれない。

そうではないのである。

私が伝えたいのは、作業に時間がかかったことでも、昔の技術者のほうが優れていたということでもない。

実は、交換機を導入するまでの一連の作業を経験したことで、私はコンピュータがどのように動いているのか、その基本的な考え方を、頭だけでなく実際の作業を通じて身につけることができたのだ。

機器にソフトウェアを組み込み、必要な設定を行い、それぞれの機能が連携するようにする。試験で問題が見つかれば、どの工程に原因があるのかを調べる。

こうした作業を繰り返すうちに、コンピュータは単に電源を入れれば動く箱ではなく、さまざまな部品やソフトウェアが役割を分担し、互いに連携して動く仕組みなのだと、実感を伴って理解できるようになった。

当時の大型コンピュータや交換機は、そうした仕組みを理解していなければ、導入や設定を進めることが難しいシステムだったのである。

機器の導入が簡単になると、何が変わったのか

その後、オンプレミス環境で使われるサーバーやネットワーク機器では、基本ソフトや必要なプログラムが、メーカーによってあらかじめ組み込まれている製品が増えていった。

そのため、技術者が現場で一から組み込む作業は減り、機器を設置したあと、ネットワークの設定や利用者の環境に合わせた設定から作業を始められるようになった。

もちろん、オンプレミス環境でも、機器の種類やシステム構成によって必要な作業は異なる。それでも、以前と比べれば、現場で手作業によって準備しなければならない工程は少なくなったと感じる。

「それなら、簡単になってよかったではないか」

そのとおりである。作業が効率化され、導入にかかる時間や手間が減ることは、利用者にとっても技術者にとっても望ましいことだろう。

ただし、ここで考えておきたいことがある。

作業が簡単になったことと、システムの仕組みを理解する必要がなくなったことは、同じではない。

仮想化基盤の時代にも、基本の理解は必要になる

近年は、仮想化基盤と呼ばれる仕組みも広く使われるようになってきた。

少し難しい言葉なので、簡単に説明しよう。

従来は、ひとつの物理サーバーにひとつのシステムを動かす構成がよく使われていた。仮想化では、ひとつの物理サーバーの中に、複数の仮想的なコンピュータを作り、それぞれで別のシステムを動かせる。

たとえるなら、一軒の大きな建物の中に、壁や設備を設けて、複数の独立した部屋を作るようなものだ。建物そのものはひとつでも、部屋ごとに別の用途で使える。

この仕組みによって、機器を効率よく利用できるようになり、システムの構築や管理も便利になった。

しかし、仮想化されたコンピュータも、実際には物理的なサーバーや記憶装置、ネットワークなどの上で動いている。仮想化の仕組みがあるからといって、下にある機器の問題がなくなるわけではない。

たとえば、仮想マシンの動作が遅くなったとしよう。原因は、仮想マシンの設定にあるのかもしれない。物理サーバーの処理能力やメモリが足りないのかもしれない。あるいは、データを保存する装置やネットワークに問題があるのかもしれない。

見えている画面だけを調べても、原因が分からない場合がある。システムの下で何が動いているのかを理解し、問題がどこにあるのかを順番に調べる必要があるのだ。

仮想化の仕組みは、物理的な機器と、その上で動くシステムとの間に新たな層を設ける技術でもある。便利になる一方で、問題を調べるときには、その層も含めて仕組みを理解する必要がある。<Cite refs={[“turn719907search1”,“turn719907search3”]}/>

私が交換機エンジニアとして身につけた、機器とソフトウェアの関係や、システム全体の動きを考える習慣は、こうした新しい環境でも役に立っている。

昔の交換機と今の仮想化基盤では、機器もソフトウェアも大きく異なる。昔のやり方をそのまま持ち込めるわけではない。

それでも、システムがどのような部品で構成され、どのように連携して動き、どこに問題があれば全体に影響するのかを考える姿勢は、今も変わらず大切なのである。

手を動かす経験を、これからの技術者にも

私は、大学で情報処理を専門に学んだわけではない。商業系の大学を卒業してから、ITの現場で仕事を覚えてきた。

そのため、コンピュータの基本的な仕組みについても、学校で体系的に学ぶというより、実際の作業を通じて理解していった部分が大きい。

もちろん、大学や高専などで情報処理を学べば、コンピュータの仕組みや技術の基礎を学ぶ機会がある。実際に手を動かすことだけが、学習の方法というわけでもない。

ただ、私自身の経験から言えば、目の前の機器を扱い、設定し、動作を確かめ、問題が起きれば原因を探す。そうした経験が、知識を実感の伴う理解へと変えてくれた。

これから仮想化基盤やクラウドなどの技術がさらに普及すれば、技術者が物理的な機器を直接扱う機会は、仕事によっては少なくなっていくかもしれない。

だからこそ、実際に手を動かしながら、コンピュータの基本的な仕組みを理解できる機会も、大切にしてほしいと思う。

技術は進歩し、作業は便利になっていく。それは歓迎すべきことである。

されど、道具が便利になることと、その道具の仕組みを理解することは別の話だ。

私が交換機の現場で学んだことは、古い機器の扱い方だけではなかった。新しい技術に向き合うときにも役立つ、システムを理解するための土台だったのである。